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2004/07/31

暑中お見舞い,といいつつほとんどバイクの話題

いや~、ホント毎日毎日暑いッスね~。
台風も、ちょっと関東をかすめて行ったきりで、連日々々30度以上が続く日々。
暑さに負けぬよう、元気でお過ごしくださいませ。

しかし、景気向上のためには、夏暑く冬寒い方がいいとはいえ、冷夏の昨年が懐かしい。
僕は普段、都内はバイクで移動するコトが多いんですが、昨年はバイクだと、夏でも長袖を着て出ないと、夕方以降に肌寒さを感じるほどだったのが、今年は、アスファルトとエンジンの輻射熱で暑いこと暑いこと。
両腕と顔ばかりがどんどん焼けていくので、生まれて初めて、自分で日焼け止めを買ってしまいました。(でも、ベトベトするものを体に塗るのは子どもの頃から大嫌いなので、あまり活用してないんですが。)

僕のバイク、信号待ちなどで止まると、よく横に止まったクルマの中のオジサンなどから、「それ、何CC?」とか、「どこのバイク?」と話しかけられます。きっとオジサン受けするかたちなんでしょうね。
実際は、YAMAHAのドラッグスターという、400ccのアメリカンバイクなんですが、購入後にかなりのカスタムを施してあるので、原型をあまり留めていません。バイクに詳しい人でないとよくわからないでしょう。

もともとホィールベースがやたら長い上に、さらにフロントフォークを100mmストレッチしてあるので、400ccしかないくせに無闇に大きい。とは言え、デッカいのは見かけだけで中身は所詮400cccですから、山の手通りなどでは元気の良い原付にあっさり抜かれたりします。(笑)
さらにドラッグスターは、国産アメリカンバイクの中でも、ステップがもっとも前方に位置している上、カスタムしたマフラーが横に大きく張り出しているため、身長が170cm以上の人でないと、右のふくらはぎを火傷してしまうでしょう。

アメリカン的なカスタムの本質は、実はカッコ良さを追求すればするほど、実用性とは正反対に進んで行くものなんですね。しかも、テールランプやウインカー、バックミラーなどといった、安全のために必要な補機類というのは、極力小さくして、存在感を消すのがアメリカンカスタムの基本です。
要するに、アメリカンカスタムというのは、ある意味、極めて反社会的なベクトルこそが、「スタイリッシュ」とされているんですね。もっとも僕のバイクは、公道を走るために必要な形式変更届けはちゃんと出してあり、この形状のママで車検を通すこともできるので、最低限の「社会性」は保っているつもりではありますが。

これだけフロントフォークを伸ばしていると、さぞかし直進性が良いだろうと思われるかもしれませんが、(僕もこれに乗るまではそうだと思ってました)実際は、前後の重量バランスが崩れている上に、キャンパー角の設定が本来の設計と異なるため、ロクにまっすぐ走りません。また、リアサスもローダウンさせるために短いものに替えてあり、着座位置を下げるためにペラペラのサドルにしたので、乗り心地・操縦性ともに、最悪の部類に属します。
よくバイク屋のオジちゃんなどに、「これ乗りづらいでしょ~?」と呆れたような顔で言われるのですが、なーに、アメリカンは、スタイルと存在感が全てです。市販の「吊るし」のアメリカンなんて、カッコ悪くって乗れないッスよ。
都内での打ち合わせや取材など、仕事中の短い移動だけでも、このいい加減くたびれたドラッグスター改は、僕に生活の潤いを与えてくれています。

実際、こんなバイクに乗っていると、あまり賢そうな人には見えないわけですが(笑)、僕はこういうバカっぽいテイストって案外好きなんですよね。
きっと僕にも、ヤンキーの血が流れてるんだろうなぁと思うと同時に、あまり、容易に人から理解される人になりたくないという、生来の天邪鬼な気質も少しはあるのかもしれません。
だって人って、その人が属している社会的な階層や集団によって、自動車やバイクって驚くほどにそのチョイスも画一的です。たとい本人が、個性的なチョイスだと思っていても、その個性それ自体が実のところ画一的だったりするわけで、なかなか本人が生まれて育った過程で形成されてきたモノから離れることって、実は難しいでしょう?

閑話休題。
バイクに限らず自動車もそうですが、モータリゼーションというのは、元来、人間のもっとも野蛮な部分を解放してきたからこそ、100年以上にもわたって成立してきたんじゃないでしょうか。
昨今のヨーロッパでは、高級車市場で7割という圧倒的なシェアを取ってきたベンツ程度では満足できなくなったスーパーリッチ層のために、3千万円以上もするような、反社会的なまでに大馬力で、なおかつゴージャスな高級車が数多く現れていると聞きます。

確かに、ベンツを越える高級車セグメントとなると、以前ならば、フェラーリなどのスポーツカーか、さもなくば、ロールスロイスぐらいしか選択肢がなかったわけで、そこに多様なチョイスが求められてきているということは、世界的にも、それだけ新興の「超」成金が増えてきている証なのでしょう。

でも、5000ccとか6000ccに更にターボ付きとか、本来4~5人を運ぶにはどう考えても不要な、バカバカしいほどガソリンを食う「反社会的な」高級車は、それだけ一台当たりの利幅も大きいわけで、大衆車も作るフルラインの自動車メーカーにとっては、それで儲けた資金を、高性能かつ経済的な大衆車を作る原資とすることもできるわけです。

お金持ちが、自動車の機能には本来不要な「ステータス」を求めるために費やされたカネが、「自動車なんて走れば十分」と考えている、大多数の大衆のために役立っているってことなのでしょう。
ある意味で、世の中ってよく出来てるモンですね。(笑)

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